超時空超巨大小学6年生

ときどき何か書きます。

ボクは文章作成が(あまり)できない

言い訳がましいけど書いてこう。 わたし文章書くのがとても下手。

毎回このブログ書くたびに、だれも読まないだろうなと思って投稿してるわけですが、どうやら反応があるみたいでそこはとてもうれしい(コメント、ブクマ、スターありがとうございます)。

けれどブコメとか読んでみるとなんでこんな反応なんだろうっていうのも正直なところです。 不思議なこと言われてるなあ、と。

あ、不思議っていうのはこれ読んでそうくるか? なんでそういうふうになるんだろうっていうわたしの見込みちがいからくる思いです。

わたしはこれを書いたはず、というのを勘違いしているようなのです。 何かを書けば自分の思いどおりの反応が返ってくるなんてそれこそ思い上がりだけれども。

後から読み返してみると自分がこれを書こうと思ってのせたはずのものが欠けていることにも気づく。 そこをクリアしたとして……自分の書いたものに何があるか、自分さえ分かっていればいいとは思うのだけれど。 まず、そこができていない、というのが悩みどころなのかも。しれない。

ブログなんて自己満足でしかないのだから、そもそも何も気にする必要はない、という立場もある。 けれど。

  • 自分が何をいいたいのかはっきりさせよう。
  • 何を伝えようと書こうとしているのか、分かっておこう。

たぶん、わたし文章があまり上手くないんですどうやったら書けるようになりますか? って聞かれたらまずそう答えると思う。 けどそんなこと考えていたらわたし文章、書けないでしょう。少なくともこれを書いている今がそうだ。 わたし一体何を書こうとしているのかぜんぜんはっきりしてない。

文章が書けないからブログ書かないって考えはまっとうだ。 何を書いたらいいか、何が書きたいか分からないなら、書かなければいい。 ブログは自己満足。というか、そこでいつまでもうんうん考えこんでいるくらいだったら他のことしているほうが有意義だし時間がもったいない。

けれど。

ブログ書こうと思いついたのに文章が書けない、書きたいことが何なのかはっきりしないというのは本当にそんなに問題なのだろうか。ときには歩くことより走ることも必要だというし。

いやーーーそもそも、歩いているのだろうか。 立つこともできていないまま走って、偶然前に進んでいるだけなのではなかろうか。

ほらいまだってどうどうめぐりのようなことをまったく自動書記的に書いてとうとう1000文字近くまで書いてしまったじゃないか。 文字なんてキーボードさえ押せればネコだって書ける、けれど。

これを「公開する」ボタンを押してまたwebに公開するのには明確な意思がいる。 ネコだってキーは押せるけれど、web上に発信するのは人の意思だ。

わたしはネコではないのでこれから「公開する」ボタンを押す。 けれどこの上に書いてある言葉はネコが入力した文字だ。

ネコがいつわたしに代わったって? それは謎だ。