読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

超時空超巨大小学6年生

ときどき何か書きます。

はてなスターとその銀河、宇宙

あなたは今日も新たな星がはてブに誕生したことを知る。
16進の色コード#C40017の赤で描かれた円は、はてなからの通知としてあなたが最もよく目にし、もしかしたら心躍らせるものかもしれない。
そのひときわ目を引く色使いとは対照的に、はてブに新たな星が誕生した瞬間のことはあなた以外知ることはないだろう。新たな星を生み出したその人以外には。

はてなスターが誕生してからいったいどれだけの星がはてな宇宙に誕生しただろうか。
星がどれだけ誕生しても、その瞬間を知るのは、あなたと星を生み出したどこかの誰かのたった2人だ。
あなたはその人と繋がっただとか、承認されただとか、受け入れられただとか、思うことだろう。星がどのような意図で生み出されたかは別にして。

銀河を見る人にとって、一つ一つの星は大して意味を持たない。
星は一つ一つ見れば、誰のものか、何についているのか、確かに違う。
星がなければ銀河は、あなたが宇宙に見る輝きは存在することができない。
けれど、銀河とは星が無数にある様を指すのであって、そのうちの一つが欠けてしまっても依然として銀河は銀河としてあなたの目の前にある。

星は誕生したときのみあなたとそれを打ち上げた誰かにとって意味を持つのだ。

次々と生み出され、あなたに放たれる星によって、あなたが得た(そして誰かが放った)一つの星は過去のものとなる。あなたの今獲得した星は、次にあなたが星を獲得することで銀河に吸い込まれてしまうのだ。

はてなスターには今という時間しかない。
今ある星と、かつてあなたと誰かが誕生の瞬間を共有した星しか存在しない。

星が生まれた瞬間、あなたはあなたと星を生み出したたった一人で何を共有する?

ところであなたは星の存在理由を知らない。
あなたははてなスター追加ボタンをクリックした誰かと星の誕生する瞬間を共にしたが、なぜ星が生まれるに至ったか、それは知ることはできない。

あなたははてなブックマークにコメントを残した。
もしかしたら、あなたはそのブコメTwitterにも流しているかもしれない。

あなたのブコメはあなたが考える限りの思考と智慧を組み上げて書いたブランニュー面白いことかもしれない。
あるいは、あなたのブコメは怒りや悲しみや何かあなたが持つ原初的な感情を込めて残した心の叫びかもしれない。
もしかしたら、あなたはそのエントリに何か重大な欠落や齟齬を見つけて、啓蒙的に書いたものなのかもしれない。

だが、あなたは知っている。あなたの言葉や声が常にあなたが考える以上にあなた以外の人にとって大した意味も影響もないことを、あなたは知っている。
星と同じようにーーー無数の人が無数の言葉を紡ぐ全体から見れば、あなたの言葉は全体を構成する一部だが、唯一一つの言葉ではないように。

あなたは知らない。何が人にとって面白いーーー新しい言葉であるか。何が星を持つべき価値のある言葉であるか。

あなたには判断ができる。このブコメは面白い。このブコメは上手である。このブコメは何か新しい表現をしている。スターを与えるべきだ。与えたくなる。与えてなければならない。その判断はしている。はてなスターを生み出すことよって。

けれどあなたには何が、自分の言葉の何が人にとって面白いことか、意味のあることか、感心を与えることのなのか、それが分からない。

何も星がほしくてはてブを使っているわけじゃない。そういう人もいるだろう。けれど、あなたにとってはその使い方は、その言葉は当てはまらない。
増田やメタブックマークやどこの誰かも分からぬ人のたった1つのツイートをわざわざブックマークして、あまつさえそこにコメントを残しているあなたは、やはりあなたの言葉が誰かに受け取られたことを確認したいのだ。

星をほしがっているのは、多分そういうことなのだろうとあなたは考える。
ならば、分かち合っているのはあなたのブコメにコメたあなたのロジックなのだ。

だから、あなたのロジックが無数のコメントに吸い込まれたとき、あなたは宇宙にたった一人であることを知るのだ。