超時空超巨大小学6年生

ときどき何か書きます。そんなに面白いことのってないよ

お気持ち 20240124

まんがとかアニメキャラクターの格好が話題になるとき、「でもXXXXのXXXXはいらないよね」みたいな話。とっても苦手です。でもその発言自体になぜか批判があったり擁護があったりするんですよね。理解不能です。そのキャラクターがどういう意図をもって作られたのかとかそれは誰のクリエイティビティとか権力があってそういうことになったのとか、多くの場合はっきりしないじゃないですか。作者インタビューとかは一つの根拠にはなるかもしれないけれど、それが100 %その通りであるというようなことは結局わからないじゃないですか。時がすぎれば「実はあのときああは言ったが…」みたいなことってあるでしょうし、別の人に語らせたら全然別の話が出てきたり、単なる勘違いとか盛ってたりとか、全然わからないわけです。なんか話がズレてきてる。「XXXXのXXXXはいらないよね」みたなのって、そもそもキャラクターのある特定のパーツに関して必要とか不必要とか考えるのがだいぶ自分の感覚と違うというか。必要とか不要とかっていったい何に対して、何の目的に対して必要とか不必要とか言ってるんでしょうか。そこがうっすらも見えないのが居心地悪いんですよね。「私が楽しむためにこの要素が」必要とか不必要とか邪魔とか言ってるならそれはそういう人なんだなあで終わる話なんですけど。終わるって議論自体が終わるって話じゃないですよ。私がそういう納得をしてその話題から遠ざかるのに十分な理由ができたって話なんですけど。省略してほしくないんだよなあ。ネットでの話題勝手に見に行っておいて身勝手な話ですけど。なんかそういう曖昧な部分がほったらかしになったままいろいろな人がいろいろなことをガーッって言いまくってて自分だけ置いてけぼりになってる気がしませんか。ちょっと立ち止まってほしい。

生活(読書まわり) 20240115

我が家には本棚がない。

去年一昨年新生活をはじめるあたって、意図的に本棚を買わなかった。それは今の住まいに引っ越した去年も変わらなかった。

何冊か、実家の元・自分の部屋の本棚を整理したおりつい持ち帰ってきたものはあるが、なんとなく部屋のなかで定位置が定まらず適当に積んである。

基本コロナのパンデミック中に新調したKindle Fireで小説とかまんがを読んでいる。あと、もはや家の外に持ち出すことのなくなったMacBook(これもパンデミック中に新調———前のはバッテリーが膨らんでディスプレイが閉じなくなった)。

最近の読書の仕方として、同時に辞書で単語を調べるので実はタブレットよりパソコンでKindleアプリを開いたほうが何かと便利。なのだが、ついこのあいだまでMac版のKindleアプリがちょっと不満足だったのでさらにブラウザ版であるcloud readerで読む、ということをやっていた。

まんがとかアメコミみたいな容量の大きい本をいちいちダウンロードしなくても読める、というところだけなのだけども。本をアマゾンから買うときはだいたいパソコンのブラウザから買っているので、なんとなくパソコンからタブレットに移る物理的な動きがないのが「読む」までの敷居を下げている気がする。アプリすら切り替えなくていいし。

これはcloud readerを使う話とは別になっちゃうけども、アメコミをkindleで読むときページ単位の表示から簡単にパネル単位での表示に切り替えられるのがわりと好き。見開きのページとかもちゃんとセリフやキャラの動きの順に拡大して見せる範囲を指定してある。小さい画面で大きな絵とセリフの組み合わせをいかに呈示するか考えてあって日本のまんがでもこういうこと電書でやんないかな? とうっすら思っている。ページ対するコマと文字のサイズ比の関係で、そこまでしなくてもちゃんとタブレットの画面内で1ページをストレスなく読めるのは素晴らしいことだとも思うけども。

アメコミ、kindleだと解像度が低めになっているからあまりオススメできないとかいう話もあることにはあるらしいが。どうせ北米とかヨーロッパあたりでやってるらしいアメコミのサブスク購読サービス(そっちのほうが解像度が高かったり管理・整理しやすかったりするらしい)は加入しないもんね。

それと字の本。

あいかわらず辞書引きながらコツコツ読むしかないわけだけど、kindleアプリ付属の辞書もなかなか捨てたものじゃないなとパソコン以外で読むとき(夜寝る前布団のなかタブレットでとか)感じるようになった。ちゃんと引けばわかる。Macと同じオックスフォードの辞書だと思う。

ただタブレットのシステム的な問題なのかわからないけど、ポップアップの状態で単語を出すときに発音記号がトーフ状態なのが不便。kindleの書籍として同じ辞書を開くとちゃんと発音記号は正しく表示されるのでこれは単にタブレット版のkindleアプリの不具合なのだろう。

生活(弁当) 20240108

去年の4月以来基本的に昼は弁当を作って職場に持って行ってる。

弁当というか、単に前日の夕食の残りをタッパーに詰めて持っていってるだけだが。その前までは仕事をしているオフィスに食器を持ち込んで毎日レトルトのカレーを食べていた。

サラダや福神漬けの類は冷蔵庫に買ったまま放り込んで保管しておくことができたし、誰かが持ち込んだトースターがちょうどあったのでお惣菜の揚げ物なんかをトーストして毎日フライ+カレーを昼に食べてた。だいたい丸1年間。

今の職場は暗黙のルールで昼時は消灯することになっていて、暗い中あんまり自分の机でお昼食べたくないなあというのと、食事中に気軽にネットなんか使ってるパソコンで見れない感じなのでタッパー持って食堂のほうまで出かけている。

食堂とはいうものの、利用しているのは同じ建物にある別の区画だ。その別区画にはコンビニ的な店舗が入っていて、その横に喫食スペースがある。食堂の方に比べてあまり人の利用が多くない(というかほとんどいない)し、電子レンジも給湯ポットもそろっているので持ち込んだお昼のセットを広げるのに都合がいい。ゴミ箱もあるので気兼ねなく利用できます。

持って行ってるのはだいたい決まっている。ご飯のタッパーと、おかずのタッパー。これらは2台ある電子レンジで温める。

一台は普通の家庭用のレンジだが、もう一台はコンビニに置いてあるような業務用のものなので、おかずのほうを家庭用レンジに入れて少し長めに。

すこし間を置いてごはんの方を業務用の方に放り込むと同時に温めが終わって気持ちよく食べ始められる。

ごはんを温めにかかる前にサラダ用のタッパーにマヨをかけて、味噌汁用のマグカップにインスタントの味噌汁と追加の具を放りこんでお湯を入れます。この一連の流れをよどみなくこなすと温めたてのごはんとおかずを、いれたての味噌汁と一緒に楽しむことができる。

準備してるときに最初にキッチンペーパーを一枚机に広げておいてインスタント味噌汁の袋とか、おかずの汁気とかソースやタレで汚れたタッパーの蓋なんかをおく領域にしておくと清潔に机を使うことができて気分がいい。キッチンペーパーはボックスティッシュ的な形状になってるものを使うと都合がいい。

食べ終わったとき、汚れたおかずのタッパーとか味噌汁に使ったマグカップを拭いておくと帰ったとき洗い物をするのに不快感がなくていい。吹き終わったペーパーはそのままゴミとしてそこのゴミ箱に捨てていけるし。

味噌汁のマグは朝準備するときゼリーとかヨーグルトを保冷剤と一緒にしまう容器として使うと、そのほかのタッパーを入れるランチバッグのなかでデッドスペースにならなくていい。なのでこのところ毎昼食後にはかならずちょっとしたデザートを食べている。これが結構満腹感を上げてるようで夕方までおやつ的なものを食べなくてもあまり気にならなくなった気がする。以前は間食をよくしていたせいか結構体重が減らなくてどうしたものかと思っていたが、キーポイントはそこにあったみたいだ。

レトルトカレーを食べていたときに比べて昼を何をするかがそのまま夜何を食べるかに直結するようになったので、そのあたりは考えることが若干増えた気がする。

外出(映画館で『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』) 20240106

映画館で『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』鑑賞。


www.youtube.com

  • 去年は親族が短期間のうちに2人つづけて亡くなったので鑑賞中思わず涙が出そうになった
  • オカルトがもともと「隠されたもの」を意味するという点でこれは実に立派な「オカルト」映画と言えるのではないだろうか。いや、オカルト=隠されているものに関する映画というか
    • 霊媒の腕(という名前では劇中呼ばれてないが、明確な呼び名がないので便宜的に)の儀式では、まわりにいる人には呼び出したナニカは見えてなく、腕を握った人の様子が単におかしくなってるだけ(ありえないほど黒目が大きくなるという演出はあったけどもね)。霊に憑依されているのは完全に主観の世界で、そこのところがオカルト=隠されているもの・見えないものだなあと思った
      • 様子がおかしい人を撮影してネットでバズがZ世代の「森の奥の小屋で酒飲んでハッパ吸っておおはしゃぎ」や!
    • ナニカが実のところ霊なのかそれ以外の何者なのか(たとえば悪魔とか)、はっきりしないのはフレッシュ? かもしれない
    • とはいうものの主人公のたどった末路からやはり霊なのではと考えることも可能だが、ミアに取り憑いたナニカがミアの亡母であるとも言い切れないわけだし(最初の儀式では水死した女性に憑依されてるし、その後の幻覚を見るシーンでは繰り返し「水」を想起させる演出が繰り返されてる)
    • 取り憑かれて肉体を乗っ取られたライリーの魂がどうなってるのか、それも本当のところはわからない。ミアに取り憑いた何者かはミアに最悪の夢を自在に見せているわけだし。エクソシズム映画の悪魔は人間を乗っ取るためならなんでもする。ミアの末路から考えるとライリーがリンボで亡者から責苦にあってるというのはなんとなく疑わしい気がする
    • 母の自殺以来ずっと避けていた父とはじめてまともにコミュニケーションをとる場面でのキーアイテムが、それまで父が隠し続けていた母の遺書っていうのもオカルト=隠されているもの、っていうテーマなのかなって。死んだ人のことはわからないというより、他人の考えていること・体験していることって結局は主観の世界だから他人からは見えない。体の内側に隠されているもの
      • はたから見たらどう見てもクスリきめてハイになってるとしか思えなくても、実際はちがうという。そのあたりスーからミアが薬物の使用をうっすら疑われている。母親が睡眠剤の大量摂取で死亡した経緯をふまえるとスーがそう考えても不思議はない、というのに厭な説得力があった
  • 人間って死んだ後どうなるの? っていう究極的なオカルト=隠されているものに対する答えがこれだ。ぜーってえ死にたくねえ。厭すぎる。人類の平均寿命を無限にしてほしいです
    • 最後出てきた儀式をしてミアを呼び出した英語じゃない言語で話してるヨーロッパ系の人たち、エンドクレジット見てたらギリシア人なんだってさ。オーストラリアからいきなりギリシア。腕ごと霊もギリシアに移動する仕組みになってるの? 腕の儀式やるときは世界中のどこでも英語でTalk to me. I let you in って言わないといけないの? 英語わからない人を呼び出すときも英語でトークトゥーミーアイレッチューインじゃないといけないの? 死者の世界も英語帝国主義なの? おばけにゃ学校も仕事もなんもないけど英語できないと人並みに扱ってもらえないの?
      • 一応、ミアたちのグループが調子にのって次々と儀式をやってるモンタージュには英語じゃなさそうな言語でまくたてるナニカが呼び出されているところがある
        • 呼び出してるのが死者の魂的なアレだとして、それが生者に対してどう振る舞うかについて決まった法則はない、という話かもしれないなこの映画。
          • や、「憑依した人間を殺してその魂を支配しようとする」的な行動原理は最初に登場したダケットやミアの母、ライリーに取り憑いたナニカに共通してるのでそれはないかな
          • 連続儀式のモンタージュで呼び出されたみなさんの反応がいろいろあったし、ミアが病院で呼び出した少女はそれまでとは逆にI let you inとミアを言ってるのでそのあたり全員が全員邪悪な行動原理を持っているとはなんとなく決めつけられないってちょっと思った
          • とはいえミアに取り憑いたのが実は最初に出てきた水死した女性かも? と考えると、憑依したナニカがとり得る姿というのは自在で、ミアに邪悪な意図でうそんこのライリーの幻覚を見せていた、とかもあり得る
      • 90秒超えると危ないとかもどうやって成立したかわからないルールだし、腕握ってかける言葉も死者に届く言葉なら実はなんでもいいのでは? と思えるわけです
        • 最後に出てきた暗闇の世界でキャンドルの光だけが見えていたことを考えると、そこだけは呼び出すのに有効なプロセスの一つとは言える。おそらく、言語も
    • ミアに起こったことを考えるとミアが最後に見たライリーや父マックスの姿も現実かどうか怪しい。マックスは別としてもライリーに取り憑いたナニカ自体、解消したと考える材料は劇中提示されてないわけだし。取り憑かれっぱなし

ネットで見た話〜増田を読んで増田とブコメが気になった

増田読んでブコメ読んで、いろんなことが気になったのでまとめておく。あんまりしゃちほこばっていちいちブログに書く内容でもないのだけど、自分の言葉で説明しておく訓練の一環としてこうやって書いた。

あいも変わらず日々増田を読んでるんですけどね、今週ちょっと内容的に気になるものがあったのでその話をば。ブクマページのコメントも含めていろいろと気になりすぎたのでここで少し確認の意味をこめて書いておく。

anond.hatelabo.jp

増田は国立社会保障・人口問題研究所というところが公開している「出生動向基本調査」というもののデータを引いて表題の主張をしているのだが、その主張の裏付けのために実に不思議な計算をやっているのが気になった、という話です。

www.ipss.go.jp

増田が「出生動向基本調査」からもってきている数字は「調査別にみた、結婚相手の条件として重視・考慮する割合」(リンク先はCSV)に載っており、これが何の結果なのか、どんなことをどのように調べた結果なのかは 『第16回出生動向基本調査 結果の概要』というPDFが別に公開されていてそれを読めばわかるかたちになっている。もっとも、増田本文を読めばそれとなく予想はつくのだが。何か———おそらく結婚について何らかのアンケート調査を、人数ははっきり増田は書いてないが、男女それぞれが異性に求める何かに対する条件を調べた、ということはわかる。ってあんまりはっきりしないな。せめて「結婚相手の条件」として“男は容姿と人柄しか気にしてない”ということくらいは限定して書いてくれないと意味ないんじゃないかこれ。結論に「結婚相手の条件として」なんて書いておくとかさ。

結論
先に結論だけ書くが、男は容姿と人柄しか気にしてない

気にしてないって何について? ことほど左様に増田はこれが「異性に求める結婚相手としての条件」ということをはっきり書かないままふわっと書きつらねているのである。最後まで。

「結果の概要」とやらを見てみよう。増田の抜き出してきたデータ(と増田が抜き出してこなかったデータ)がグラフになっているのはp.33にある図表 3-2だ。ここに引用しておく。

国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査 結果の概要』よりp.33 図表 3-2

さらにこの図のキャプションには以下のようにある。これで増田がもってきたデータがどのように調査されたのか最低限のことがわかる。(読みやすさのために適当に改行とボールドを入れた)。

対象は「いずれ結婚するつもり」と回答した18~34歳の未婚者。
設問「あなたは結婚相手を決めるとき、次の①~⑧の項目について、どの程度重視しますか。

①相手の学歴(学歴)、
②相手の職業(職業)、
③相手の収入などの経済力 (経済力)、
④相手の人がら(人柄)、
⑤相手の容姿(容姿)、
⑥共通の趣味の有無(共通の趣味)、
⑦自分の仕事に対する理解と協力(仕事への理解と協力)、
⑧家事・育児に対する能力や姿勢(家事・育児の能力や姿勢)

(1. 重視する、2.考慮する、3. あまり関係ない)。

増田が本文中に書いているパーセンテージの数字は、この各項目について「1.重視する」と答えた割合とわかる。割合しか書いてなくて男女それぞれ何人でやった調査なのか気持ち悪いが、これは前述のローデータCSVを見るとちゃんと書いてある(男性回答者が1654名、女性回答者が1731名)。

まず増田の主張(男は容姿と人柄しか気にしてない)がこのデータと照らし合わせて妥当なのかは甚だ疑問だ。言いかえると、増田はこのデータ(あるいはグラフ)を正しく解釈できていないということになるのだが…。

グラフを見てみよう。

人柄:男性が女性に求める条件(図上段)の灰色のバー(重視すると答えた割合)は、「人柄」において他の項目よりも目立って高くなっている。一方、女性が男性に求める条件(図下段)についても男性から女性に求める条件と同様の傾向であるが、その割合は第16回調査(2021年)だけを見てもむしろこちらの方が高い。

容姿:男女ともに異性に求める条件として、「容姿」は他の項目とくらべて(少なくとも「重視する」と回答した割合 i.e. 灰色のバー)高いとは言えない。「重視する」と回答した割合だけなら、「仕事への理解と協力」「家事・育児の能力や姿勢」のほうが「容姿」と比較して高いと言える。

はやい話が“男は容姿と人柄しか気にしてない”かどうかは、それが少なくとも「結婚相手の条件」に関しては違うと言えるのである*1

このあたりの、単純に増田が出してきた数字だけを見比べただけでも増田の主張がおかしいことはブコメでも何人かが同じようなことを指摘している。たとえばこれとかね。

男の方が見た目重視なのはデータで出てる

「男は容姿と人柄しか気にしてない」男も仕事と家事の方が気になってますやん。そこ無視したら女は経済力と人柄しか気にしてないってことになるぞ…

2023/01/26 14:42
b.hatena.ne.jp

しかし俺が気になったのはもっと別のところで、それは次のようなことだ。

男女の比較
まずはばらつきを数値化するために標準偏差を求めよう

男性:391

女性:450

つまり女性の方が満遍なくいろんなことを気にしていることになる

??????????

言うまでもないことだが標準偏差(Standard Deviation)はいうなればデータのばらつきを表す指標だ。ばらつきとは、平均値から個々のデータどれだけ離れているかその平均だ。だから、標準偏差を出すには個々のデータの、平均値との差の平方をすべて足し合わせ(平方和)、それをデータの数で割ったものの平方根を計算する。平方和をデータ数で割っただけのものは分散(Variance)と呼ばれる。平方根をとるのはもとのデータと次元を合わせるためだ。分散のままでは単位的に2乗されたままになってしまう。

そしてこれも言うまでもないことだが、平均を出すからには(そして標準偏差を出すからには)、データはすべて同じ数直線上の上に乗らなければならない。

100人いるグループの身長は100人違います。100人の身長は同じ「身長」という軸の上にプロットできます。じゃあ大掴みにその100人のグループの身長分布の特徴を言い表してください。平均値とばらつき(標準偏差)という2つの数値を使うのが都合がよいでしょう。なぜなら、身長データなんてものはヒストグラムを描けばだいたい正規分布状(平均値付近が一番人数多く、左右対称)になるからです。

増田の乗せてる数値でそのように使えるものってないわけなんです。「異性に結婚相手として求める条件」のそれぞれに対して「重視する」と答えた割合を平均しても意味はありません。学歴を重視すると答えた割合と職業を重視すると答えた割合を平均してもだから何? という話です。数値に対して出てる「標準偏差」も大きすぎるし(平均との差の平均だから元のデータよりそんなに大きくなることはない)。

最初は増田は単に乗せてる数値を使って計算したのではないのではないか? と思いました。まさか、そんな。 それで、なんとか元のCSVにある数字を使って、とりあえず数学的に正しいかは別にして、増田の出した「標準偏差」が計算できるかちゃんと確認しました。

うん。どうやら各条件の「重視する」と答えた度数の「標準偏差」を計算したみたいです。男性が≈391、女性が≈450と「標準偏差」を計算したら出てきたよ。度数に並んでる数字をエクセルの標準偏差関数であるstdev.p*2に入力したら出てきました。

意味ねーから! その計算!!!

ブコメでもたとえば以下のように同じことを書いてる人はいる。

男の方が見た目重視なのはデータで出てる

「まずはばらつきを数値化するために標準偏差を求めよう 男性:391 女性:450 つまり女性の方が満遍なくいろんなことを気にしていることになる」 出たー。意味不明な計算をする奴wwwww

2023/01/26 21:55
b.hatena.ne.jp ↑まあちょっと煽りすぎだと思うけど、言ってること自体は正しい。

男の方が見た目重視なのはデータで出てる

各回答項目のばらつきから標準偏差求めて、そこから個別回答の偏差値出すの?めちゃくちゃじゃね?男性が女性より容姿重視なんて素直に24.6%18.8%でわかるじゃん。何がしたいの?

2023/01/26 20:31
b.hatena.ne.jp

ただ、増田の“女性の方が満遍なくいろんなことを気にしていることになる”というのは少しだけ合ってる部分もあって、女性の方は学歴・職業・経済力を「あまり関係ない」と回答しなかった割合が男性より高いのだよね。他の項目は男性と同程度だけど。ここから女性の方が男性よりも、異性に結婚相手として求める条件は多様であると言うことはできなくもない。かもしれない。

あと、ブコメで一番気になったのはこのブコメかな。一番最初にブクマしてコメントしてるわけだし。

男の方が見た目重視なのはデータで出てる

間違い。女性の方が回答総数が多いので標準偏差で比べてもあまり意味はない。少なくとも「満遍なくいろんなことを気にしている」は違う。/ 『ちなみに…』は、「仕事への理解」の偏差値だと女性55.8・男性55.9。

2023/01/26 11:03
b.hatena.ne.jp

これにメタブでこうコメントしたのです。

『男の方が見た目重視なのはデータで出てる』へのコメント

男女間での回答総数が違うことがこの増田の標準偏差の使い方のおかしい点のクリティカルな点ではないと思う…(強いて言うなら標準偏差を計算していること自体がおかしい)

2023/01/26 23:27
b.hatena.ne.jp

なんで回答総数が違うと標準偏差を比べる意味がないのかよくわからないんですけど……平均的にデータが平均値からどれだけ離れているかというのが標準偏差なんだからデータ数が2群で違っていてもいいと思うけどな。まあ、それより標準偏差を計算してること自体が先に説明したように、おかしい。

それからこのブコメ。結構な数のスターを集めていて人気なんだけど、リンク先(PDF)を読んでみたらあらまあそのコメントはちがくない? というものだったんですわ。

男の方が見た目重視なのはデータで出てる

データで言うと「男も女も、女に対するときだけ容姿が評価基準になる(男の容姿はどちらも大して重視しない)」かと。ソース: <a href="https://www.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/05/200522rs.pdf" target="_blank" rel="noopener nofollow">https://www.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/05/200522rs.pdf</a>

2023/01/26 13:07
b.hatena.ne.jp

PDFは新潟大のプレスリリースで研究成果として公開されているもの。 www.niigata-u.ac.jp (いま気づいたのだけど、なかなかブクマも集めてますな)

どんな研究かというと、Tシャツの魅力評価が、それを着ている人の容姿に影響を受けるかを調べたもの。実験の結果としては、着用者の容姿は影響するが、着用者が男性のときに比べて女性のときその影響は大きいことがわかった、というものです。

ブコメのまとめかたはちょっとちがうよね?

まるで容姿そのものに対する評価のような書き方をしているし、実験では以下に引用するよう、小さいといえど男性が着用者のときも容姿の影響はちゃんと出てる(ボールドは自分が強調のために与えた)。

高魅力顔と低魅力顔の差は,顔が男性のときには(統計的にはゼロではないと言えるものの)とても小さな差でした。これに比べて,顔が女性のときには大きな差がありました。この結果は,評価する人が男性でも女性でも同じでした。

統計的にゼロでないと言えるということは、着用者が男性のときも魅力が低い顔と高い顔でTシャツの魅力評価には統計的に有意な差があったということです。統計的に有意な差があるということは、Tシャツに対する魅力評価に高魅力顔条件と低魅力顔条件で本質的な差は無いと仮定した場合に、実験データから計算できる統計値が得られる確率がある一定の水準(5 %あるは1 %)以下になることを意味する。つまり、最初においた仮定が間違っていたと判断できるため、2つの条件に本質的な違いがあると考えることができる。

もし仮に「女に対するときだけ容姿が(Tシャツ魅力の)評価基準になる」のなら、こんな有意な差は男性着用者条件のときに見られないはずである。「女に対する〜」は逆に言うと、男性がTシャツ着用者であるとき着ているTシャツの魅力評価にその男性の容姿は基準として用いられない。男性の容姿は評価に影響しないということになる。それでは顔魅力の高低で有意な差は生まれないはずだから。

もっとも、「男の容姿はどちらも大して重視しない」は結果の解釈として合ってはいるのだけれど。Tシャツの魅力評価において———というただし書きはつくけれど。

だいたい書きたかったことはこんなもん。以上。

*1:これは「重視する」に加えて「考慮する」と答えた回答者まで含めて考えても同じだろう。「〜しか気にしない」のなら、バーの高さは白い部分まで含めて「人柄」と「容姿」のみ高く、他が低くなるはずである。

*2:ちなみにstdev.sだとデータ数から1引いた数で平方和を割ってでてくる不偏標準偏差というものが出てきて、これを母数(母集団の統計値)の推定値として使うことがある。pはpopulationのpで、sはsampleのs?

ネットで見た話〜「暇アノン」という言葉

暇アノンという言葉を最近よく見かける。

世の中の、というかネット上での話題をはてブで眺めている感じだが、そこでよく見かける。ネットで見た話ではなくはてブで見た話か、むしろこれは。

眺めている、と書くのは個々の話題———はてブだからブクマされているURLで書かれていること———について特に理解する気もなく、単にお気に入りでブコメを流し見ているだけだからである。スマホのアプリで閲覧していると文字通り下から上に流れていく。そういうふうにして触れているだけだ。

話題そのものにはあんまり興味がない。

暇アノンという言葉は、だから自分にとっては人のブコメで最近目にする言葉。よくわからないけどよく目にする言葉、それ以上の意味はないのだがブコメだけ(それもお気に入りに入れてるユーザーのだけ)読んでいてもある程度は意味がつかめてしまう。

自分以外の多くの人間には言うまでもないことだが、暇の部分は「暇空茜」というTwitter/note/YouTubeユーザーの表示名から来ており、非常にコントラバーシャルなポストをしている。ゆえに話題になるし、はてブでも自分が目にするのだろう。そしてはてブでのコメントのある一定割合は、それらが———関連する他の人物によるツイートや増田も含めて陰謀論ないし陰謀論的であるという批判と言って間違いではなさそうである。

アノンの部分は———、当然Qアノンから来ているはずである。少なくない割合のコメントが陰謀論ないし陰謀論的であるという批判であることを考えると。

最高位の情報権限レベルQをもつと自称する人物が、4chanや8kunなどのメッセージボードに投稿するほとんど根拠のない「極秘情報」(ヒラリーを逮捕するため軍が動いているとかなんとかいろいろ)。それはQドロップと呼ばれ「悪魔崇拝小児性愛者の米国政府を裏から操るディープステートと戦うトランプ」を支持する一群を形成する要因になった。そしてそれらの人々はQアノンと呼ばれる———というのが自分の理解するところである。

Qドロップは実はいかようにもとれる暗号的な書き方になっており、くだんのメッセージボードではQドロップを「読み解く」行為がさかんだったとも聞く。政府の隠している秘密の情報なんて実に陰謀論的であるし、陰謀論的であるからこそ悪魔崇拝小児性愛者(子どもの生き血を飲むんだと)なんていう突拍子もないがしかし加害対象を文字通り悪魔化する方向に「読み解き」が進んでしまったのだなあという嫌な納得がある。ちなみに、非難が「彼らは悪魔崇拝の子どの生き血をすする小児性愛者である(から人々の敵である)」というかたちになるのは歴史を振り返ればよくあることで、ヨーロッパのユダヤ人差別でも同様の形態がみられるのだとか。

はてブでの暇空茜やその周辺への批判をみるかぎり自分の理解するところこはこうだ。「暇空茜」が提供する情報はよくて無意味、もっと言えば虚偽やミスリーディングが大部分を占め、賛同者がそのような情報をさらに陰謀論的な解釈をすることでコラボへの加害につながっている———。

だから、「暇アノン」は対象の人物を陰謀論者として批判するための呼称だ。もっとも先にできた言葉であるQアノンについてはQアノンとラベリングされた人物も積極的にQアノンを名乗る場面が少なからずあるようではあるが。暇アノンと言われている人物が自ら「暇アノン」と(皮肉をこめずに)名乗る場面があるかどうかは謎だが。

このネット上の特定人物による「よくて無意味、あるいは虚偽やミスリーディングが多い情報提供」というので思い出すことがある。まあ今さらそんなのもう珍しくないぜという昨今ではあるのだが、それは昔懐かしの2ちゃんねる上で行われていたものであるので、特にQアノンに関連するものだと強く連想してしまう。「カミカゼじゃあのwww」という人物だ。

「〜じゃあの」がポストしてた内容とそれに対する2ちゃんねるでの反応は、自分はTumblrで人がコピペして流しているのを見ていたのだけど、あれもQドロップ的な無意味で虚偽でミスリーディングだからこそ解釈によって陰謀論的な方向により動いているなと感じるものだった。もっとも、くだんの人物は最初からそのような動きになるよう仕向けている(煽っている)と強く感じられるスタンスで発言していた覚えがあるが。

ここではそれに自分なりの説明や解釈なんて書かないけれど、2ちゃんねる強いつながりがある4chanや8kunでQアノンが形成され、それから日本に戻って陰謀論的と批判されるような一群がQアノン的な名前をつけられている、というのは笑うに笑えない冗談のような面白みがある。どんよりした気分になります。

しかしねえ…

あんまりアノンアノン言ってるとアメリカ人から「ダメダメ、それはダメだよ日本くん! 『アノン』は俺らアメリカのものなんだから。君たちは自分自身の表現で陰謀論者をラベリングしないと!」とか言われそうではある。いやアメリカ人っていうか、ティーブン・コルベアなんだけど。

首相官邸でコロナ下で自らが禁止したパーティー開催を自ら破っていたことがばれたボリス・ジョンソンについて)

youtu.be

ティーブン・コルベア「パーティーゲート? ダメダメ! イギリスくんそれはダメ! “ゲート”は俺らのもんだから。スキャンダルを表す接尾語はちゃんと自国のものでまかなってくれたまえよ。そうだな…“プリンス・アンドリュー”とかいかが?

ネットで見た話〜"Hentai"という言葉

英語の"Hentai"は、日本語で直接対応する言葉を考えるとなんか違和感があるかもなあとHentai研究の論文を読んで思った。

www.sciencedirect.com

2週間くらいまえにナゾロジーっていうサイトの「HENTAIにポルノ関する研究論文が出てるぞ」って紹介記事がはてブでも話題になったやつ。その元になってる研究論文。

nazology.net

記事の内容自体はどうでもいいのだけどもね。論文では踏み込んでないポルノの規制の話までするのは、取り上げているものとライター自身の考えが曖昧になるような書き方になっていていかがなものかなあと思ったわけです。少なくとも論文著者インタビューを読むかぎりどうもポルノ規制の話までは著者は具体的に考えているわけではないように思える。

論文自体をさらっと目を通してみて面白かったのは、Hentaiってこういうものですよっていうその定義の部分。学術論文であるから、そういう話はIntroductionからしないと当然いけないわけだがまず字面の問題として

What is hentai exactly?

と見出しで大真面目に書かれるとちょっと愉快な気持ちにならざるを得ない。ほら日本語は僕らの第一言語ですからね…

曰く、

  • Hentaiとは、Animeキャラクターを使ったポルノ作品
  • Animeキャラクターとは、日本由来のカートゥーンに見られるキャラクターやそのようなスタイルで描かれたもの
  • Animeキャラクターには、見た目は人間であるものの、頭髪に関しては(人間の範囲を超えた)実にさまざまな色がつけられているという特徴がある
  • Animeキャラクターはテレビ番組、映画、テレビゲーム、小説、音楽、ギャンブル(パチンコか?)など様々なエンタメジャンルで広く使われている

まず話の最初として、Animeキャラの説明をするだけでこの調子である。例として画像を引用して紹介しているのは「ペルソナ4」の鳴上 悠と「神次元ゲイム ネプテューヌV」のネプテューヌである。ゲームのキャラでアニメキャラじゃない

「アニメ」の訳語は"Anime"じゃないと言ってしまえばそれまでの話だし、実際論文のなかで定義してる"Anime character"が指す範囲はアニメキャラにとどまらないのだけど、ここになんとも言えない面白みを感じる。

ゲームのキャラクターはゲームキャラクターだし、小説(たぶん主にラノベのことを言ってるのだろう)のキャラクターは単にキャラクターとかキャラとか言ったりするだろう。音楽は初音ミクとかあのへんのボーカロイドジャンルを指して言ってるのだろうか? そうならば、やっぱり単なるキャラクターだ。アニメ風とか形容することはあるだろうけど。パチンコだったらそもそもアニメを題材にしていることが多いだろうし、まんがやゲームだったらそれぞれまんがのキャラクター、ゲームのキャラクターといったように区別して呼ぶと思う。

そう、Animeキャラクターはいろいろなものを区別しない呼び方なんである。もしくはアニメキャラクターとその他のまんが絵に色がついたようなキャラクターを区別しない呼び方と言ってもいいのかもしれない。

そもそも論文の英語ではAnime キャラとはカートゥーンのキャラクターと言っているわけで、動画作品ジャンルの一つとしてのアニメで使われてなくても定義上よしとしているわけだ(このあたりのニュアンスは論文で参考にしている文献をさらに読んでみないとわからないのだけども本当は)。

カートゥーン(まんがとかアニメとか)と表現できるものはおそらく世界中どこにでもあって、そのなかでおおまかに「日本のもの(またはそれっぽいもの)に出てくるキャラクター」をくくるための言葉がAnimeキャラなのだろうか。

この「日本とそれ以外」って範囲分けは論文で取り扱うHentaiにも効いてくる。曰く、「Hentaiはまた、一般的に様々なメディアを通じて消費される。VR、3D/2D アニメーション、ゲーム、doujinshi(同人誌)などである」ですって。

エロ同人やエロゲ、エロアニメをまとめて指す言葉って日本語にはあるだろうか。そんなもんねえよ…と言いたいところなのだが辛うじて「二次元エロ」が浮かんでくる。しかしこの手のポルノジャンルをくくる言葉として条件は合ってると思うが、どうだろう? なんとなく違和感がある。

違和感があるのはたぶん、自分の言語感覚としてエロ同人はエロ同人、エロゲはエロゲといったように二次元のエロジャンルを一語で包括的にくくることがあまりないせいかもしれない。

Hentaiという語のコンセプトからして、日本風のまんが・アニメ絵のキャラが使われてるという共通点で一まとまりにしているというところも違和感の正体かもしれない。日本で生まれ育ってるからわざわざ意識しなくてもまんが・アニメの絵はほぼ日本風です(自分にとってね)。デフォルトでそうなってるから意識してひとまとめにしなくてもいいというか。

この「さまざまな要素を含んだ広い範囲のものを一言で表す」言葉というのは、キャラクタージャンルを指す言葉としての「妖怪」という日本語と直に対応する言葉が他にはないらしい、という話に似ていると思った。

他の語をもってきてもどうしてもずれるらしい。怪しいもの不思議なことをキャラクター化したものから、単に日本に昔からあるふうなだけで完全に創作された怪しげな存在(キャラクター)まで全部含んで指す言葉としての「妖怪」、そういう概念に直に対応してる語は日本語の外にはない…らしい。

Hentaiも妖怪もなんとなく、内と外という領域のちがいが関係している言葉だなあと思った。「妖怪」は日本で生み出された日本のものをくくるための語だけど(おそらく)、外の存在がなければ内もないわけ。Hentaiもおおまかに「日本の/日本風の」とタグをつけて理解するための語なんじゃないかなあ。